作戦完了、あとは待ち。

仕事の合間を縫って少しずつ進めておりました一台が完成致しました。


っていうか仕事?仕事って何でしょう?

日々の糧を稼ぐ為の手段や行為、というのが基本ではありましょうがそれが全てとも言い切れない訳で・・・、

とまぁそんな些細な事はさて置き完成したのは此方。

漆塗りで仕上げられた麗しの漆号、略してウルル君。

ウルル君は販売用車両でもなければ試作車でもない珍妙な一台でして、その誕生に託された任務はただ一つ。

「塗料としての漆の可能性を世間にアッピールする」という事。

「漆」と聞いて最初に思い浮かぶのは木工製品に漆を施した漆器では無いかと思いますが、

自転車一般で使われる塗料と同じく、金属に直接焼付け塗装する事も可能との事。

例えば南部鉄器とかも漆焼付塗装なんですって。常識ですかね?ワタクシは説明されるまで知らなんだです。


そんな漆、英語に訳すと「japan」と表記するとかしないとかみたいな話もあるくらいですから、

身の回りをあらためて見ればアレも漆ソレも漆と其処此処に馴染んでいたりしますし、

その漆を用いた製品を作る人も、もっと言えば原料の漆を商う人間も周りに居たりします。



で、その漆問屋を商う知人が以前から漆の使用範囲を広げようと色々なモノを漆塗っておるのですが、

今回「もっと具体的に人に見て貰える例として自転車を作りたい」と相談を受けた所から作戦はスタート。

フレーム製作担当は勿論、Sunrisecycles

「漆を如何に美しく見せるか」というテーマと同時に「造形は勢いを抑えて抑えて」と手綱を全力で引いた結果、

彼が拵えたのはカッチリと立ったエッジの中にも柔らかさを内包した、寺社仏閣にも通ずる素晴らしい意匠の一本。



簡素ながらも緻密にして正確、そしてどの部分を切り取っても独特なフレームワークの上に漆を施すと・・・。

う・・・美しい。

これを美しいと言わずして何と申せましょう。


このトロンとした独特の艶と透け感を更に押し出すべく協力を仰いだのは、工具でお世話になっているRunwellさん。

ランウェルさんの正体は鍛冶の町・燕三条にある熱間鍛造を得手とする工具製造メーカー、

そこで作られたステンレス積層鋼材・通常ダマスカスと呼ばれる鋼材を装飾として織り込んでみました。

ブロック状の鋼材を薄く正確に削ぎ出すという無駄に難易度の高い壁に挑戦した割に仕上がりは地味。

しかしこういった「パッと見は分からんけどよく見ると」という所に奥ゆかしさがあるのでコレが正解。



とまぁこの様に漆の美、ひいては日本の美意識と言うモノ(誤解含有率高し)を自転車に込めてみたのですが、

仮にウルル君を見て「漆塗りの自転車、良いね!」と思って頂けた方が居られたとしても、

その先・・・何がどうなるんでしょう?


それと言うのも漆塗装は日光で退色して陰影が深まるという面白さや美しさがある反面、

塗膜が薄く例えばロードやMTBとしての激しい実用に向くとは言えませんし、

塗装に掛かる費用も自転車で一般的なメラミン焼付は勿論、ウレタンやパウダーなどとも比較にならないほど高価です。

ならばどの様な人であれば自転車に漆塗りを施す事に価値を見出して貰える(可能性がある)のだろうか?

そんな事を考えながらワタクシが練りましたる図面&車両概要は以下。

・リラックスポジションを狙う為の長いヘッドチューブ。

・そのヘッドチューブを美しく見せる僅かにスローピングさせたトップチューブ。

・ポジションの微調整容易にして見目麗しいクイルヘッド。

・日本製高性能ハブの選択で遊べる120mmトラックエンド。

・ボリューミーな48cを許容するクリアランス。

・普遍的なカンチブレーキ(玉千鳥ありきで)。

・拡張性に繋がるダボ類は一切無し、コレで完成形。

誤解を恐れず言えば狙いは「とても裕福な人の自転車」です。


世の中にはお金持ちと呼ばれる人が居られる訳ですが、例えばそんな人がふと「自転車欲しいな」となったらどうなるか?

好きなモノ買えば良いじゃない、と言えばそれまでですがアヴェンタドールとか乗ってる人が、

GTとかルイガノとかで満足出来るかってーと・・・チョッと無理っぽいですよね。

じゃぁデローザとかならOKかっつーと、「スポーツ車欲しいとは一言も言ってねぇよ」となれば噛み合わないし。


現実問題、「高価な自転車=高性能車」という図式がほぼ確定しちゃってる気がします。

そんな中にあって「正直100万でも200万でもそんなに変わらん」という金銭価値の人にとっては、

知人から突っ込まれる様なモノでは無く、且つ自分の用途にそう自転車ってのは無いに等しいんじゃないでしょうか?

そこでウルル君に託した自転車像は、裕福な人が軽く近所とか河川敷を走る中で自然体でサイクリングを楽しめる一台。

そして自転車が好きだという知人が家に来た際に玄関先にこんなのが置いてあればどんな反応が出るでしょう?

「社長・・・エゲツないの乗ってまんな」

それでいて構成部品は高級部品をバカバカ投入するでもなく押し引きのツボを抑えているってのがまた渋いのでは、と。

漆塗りにしてもSunrisecyclesの仕事にしても、本来コストバリューで評価するモノでは無いと思います。

それよりも「コレにしか無い価値・世界観」を評価して貰える層にこそ訴えて行かんと考えた結果のウルル君。



実はこの先の流れはもう決まってるんですよ。

1、エリック・クラプトン(自転車好き)が京都に来る。

2、堀川通から御苑へ入ろうとして側道に入る。

3、信号待ちで止まると自転車屋が目に留まる。

4、「ちょっと見て行こうか」とハイヤーから降りて来る。

5、店の中を覗いて「Oh,Cool shop.Cool」と外人さん定番お愛想文句をつぶやく。

6、ウルル君に目を奪われて聞く「ハウマチ?」。

7、ワタシ答える「$6,000〜」。

8、クラプトン「OK」と言いつつ黒いカードを差し出し決済。

9、ハイヤーのトランクにウルル君押し込む。

10、クラプトン、インスタにウルル君を投稿。

11、世界中の好事家がウルル君に夢中になる。

12、世界中から恐ろしいほどのオーダーが殺到する。

13、漆屋フル回転、サンライズ数年先までオーダー埋まる、空井戸ビル建てる。

14、泡銭を元手に妄想の中の自転車を具現化して世の中にバラ撒きまくる。


完璧です、完璧なプランです。

あとはクラプトンが来るのを待つだけなので、外を警戒しながら通常の仕事に戻ろうと思います。

空井戸サイクル

「自転車に恋をして」 日々横を通り過ぎるママチャリでなく、恐る恐る触れる超高級車でもなく、跨り漕ぐ度にときめく自分の愛車。それを見つける旅の水先案内人が自転車屋です。そしてその恋がズッと続くお手伝いを今日も明日も明後日もしていたかったのですが令和二年をもって廃業し現在地下潜伏中。